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ジャニーズ初の国立大生、東京芸大・村治将之助が長唄の道へ 芸名決定「杵屋勝四助」 [ジャニーズ初の国立 東京芸大・村治将之助]

ジャニーズ初の国立大生、
東京芸大・村治将之助が
長唄の道へ 芸名決定
「杵屋勝四助」

ジャニーズ初の国立大生、東京芸大・村治将之助.GIF
自宅の稽古場で父・杵屋勝四郎(右)の
三味線に合わせ、長唄を披露する
村治将之助(カメラ・関口 俊明)

ジャニーズJr.の
“三味線王子”として
親しまれ、2016年に
東京芸大音楽学部邦楽科に
現役合格した
村治将之助(20)が、
本格的に長唄の道に進むことが
18日、分かった。

6月に名取となり
「杵屋勝四助」
(きねや・かつしすけ)の
芸名も決定。

23日に父で師匠の
杵屋勝四郎(58)と
親子共演するリサイタルを
前に取材に応じ、
「ジャニーズ事務所で
培ったことを生かし、
近い将来、歌舞伎座に
出られるよう厳しい
修業にも耐えてがんばります」
と熱く語った。

ジャニーズ初の国公立大生と
いうだけでなく、芸術系の
最難関である「芸大」に
合格したことは大きな注目を
集めた。

2年生となった村治は、
18日で20歳になった。

魅力の甘いマスクは
そのままだが、
“三味線王子”時代の
あどけなさは消え、
すっかり大人っぽく
なっていた。

音楽学部邦楽科の
長唄専攻に在籍。

父・勝四郎は邦楽界で
知られた長唄の唄方。

入学後に父親と同じ道を
進む気持ちを固めたという。

幼少時から三味線とともに
稽古を積んできたが、
伸びやかな声で表現する
ことの奥深さに目覚めている。


「1年時は先生の演奏会が
あれば、準備など身の回りの
仕事も。
裏方の仕事がいかに多く、
大事なことかを学んだ。

稽古では音階の正確さ、
ビブラートにこぶしの
回し方など身につける
ことがいっぱい。

でもとても充実しています」

今もジャニーズ事務所に所属し、
先日はダンスレッスンに
顔を出した。

「ジュニアのメンバーと
話したり、新しいジュニアと
会ったり。

久しぶりに踊って体じゅうが
筋肉痛に。

でも精神面など、
ここで培ったことが、
すごく役立っています」

6月に名取となり、
初代・杵屋勝四助と
芸名も決まった。

ゆくゆくは父が名乗る
大名跡の7代目を継ぐ立場。

「初代ですが父の“勝四”と
自分の“助”。

『助ける』の字があるので、
なじみ深さと新しさの
両方を感じますね」

勝四郎は、息子に
「やる気をあまり表に
出しませんが、
意外と度胸はあり、
黙々とやるタイプ。

でもまだプロとしては
物足りない。

高い声も低い声も
よく通るようにしないと
いけない。

ディテールにこだわり、
もっと実践を積まない
といけません」と
あえて厳しい言葉を送る。

稽古場。驚くほど
親子の声は似ていた。

特に高音部の表現が。

「長唄の世界が好き。
早く戦力になりたい。
父のように歌舞伎座に
出てみたいです」

物静かな口調の中に、
秘めた決意を感じさせた。


◆長唄 

歌舞伎舞踊の伴奏音楽
として発生。

歌舞伎の音の表現に
おいて大きな割合を占める。

演奏者は「唄方」と
「三味線方」に別れる。

伴奏は舞台上で行われ
「雛壇(ひなだん)」と
呼ばれる台の下手から
「唄方」、
上手から「三味線方」が並ぶ。


◆村治 将之助
(むらじ・しょうのすけ)
1997年11月18日、
東京都生まれ。20歳。

6代目杵屋勝四郎の長男。
3歳から長唄を、
9歳から三味線を習い始め、
08年「滝沢演舞場」で
初舞台。

以後、特技の三味線だけで
なく歌にダンスに活動した。

血液型A。

スポーツ報知11/19(日) 9:04配信

最終更新:11/19(日) 11:53

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171118-00000264-sph-ent

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